2015年06月27日

学習する際の心構え

 カリスマ塾講師で今やテレビに引っ張りだこの林修先生ですが、たまたま観たNHK教育テレビの確か「ターニングポイント」という番組で、林先生を取上げていました。
林先生は、塾で教え子に「学習するときは、批判的精神を忘れるな」と必ず言っているとのことでした。うろ覚えなので、正確ではないかも知れませんが、だいたいニュアンスはあっている筈です。
どういう意味かと言うと、教えられることをただ鵜呑みにしているだけでは、新しいものは生まれてこないということだそうです。
確かに、それは正しいのですが、受験というシチュエーションでは難しいのかなとも思います。受験のプロが受験生に対してこう言っているのが、また面白いのかも知れませんが。

 あまり頭がよろしくない人間がこれをやると大変です。疑問ばかりが先にたち、一向に内容が入ってこなくなります。もともとの怠け者で勉強したくない理由にこれを持ち込むと、手が付けられません。何でこんなこと覚えなくちゃならないの? 何で何で何で? 興味が湧かなくて、僅かにあったやる気も失せてしまいます。経験者は語る。

 与えられたものを何も考えずただ受け入れる、ということはしない。これは、明確なノルマから開放された社会人になってからの勉強には、時間は掛かりますが、非常に有効だと私は考えています。
教科書を見ると、こういうものがあって、こんな数式を使ってこうするとこうなる、と書いてあります。
 こういうものはどこから出て来たんだ?
 何故、ここに必要なの? 
 どうしてこの数式を使うんだ? 
 そもそもこの数式は何なんだ? 
余程、考えられた教科書、参考書でない限り、こんな心構えで読み始めると疑問だらけの内容です。
そんな教科書、参考書だらけの理由は、多分それらは頭が良い人たちが書いているからです。何でもすぐに理解してしまうので、何故?なんて立ち止まらないからではないかと、私は勝手に予想しています。

 林先生の批判的精神までは行きませんが、
 今自分の取り組もうとしている命題(大であれ小であれ)の本質は何か? 目的は何か? 何故そうするのか?
更に付け加えると、この内容は全体の体系のどの範疇にあるものか?(俯瞰) 基本は何か?
これらを常に念頭に置きながら、先入観を持たずに基本中心に学習を進めると、時間は掛かりますが、本当の意味でその対象を理解できると、私は考えています。
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2012年09月12日

もし私が学生だったら

教科書の演習問題をやってみる。
さっぱり分からない。

本文の説明を読み返してみる。
演習問題のような凝った内容は何も書いていない。

演習問題の回答のページを見てみる。
答えだけ書いてある。
やはり、さっぱり分からない。

そもそも、単位を取りたいという動機しかない。
授業を聴いても、難しすぎてこの学問に興味を持てなくなってしまった。
入学時のわくわくした気持ちは、もろくも打ち砕かれた。

気を取り直して、
今は、インターネットという便利なものがある。
検索してみる。

同じことを聞いている仲間が居た。
あー同志よ。
とんちんかんな回答もあったが、丁寧に説明しているものが見つかる。
やっと分かった。

でも、この教科書、不親切すぎる。

諸君、どうだこれが分かるかね?
この学問は難しいのだ。
そんなに簡単に分かられてたまるか。

そんな姿勢が垣間見られる。

ちょっと違う気がした。
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2012年06月28日

理想のテキスト/参考書や講義の条件

あくまでも理想の目標ですが、それに近づける努力は必要だと思います。
今思いつくのは、以下のようなことです。(過去の繰り返しかも知れませんが)

・最初に、そのテキストや講義が扱う内容の目的および学問的位置づけを明確にする。
 いきなり枝葉末節に入るのではなく、俯瞰して説明する。
・なぜそうなるかの理由・証明を丁寧に提示する。
 こういうものがあってと、理由説明無く新しい概念を導入しない。
・本質は何かを追求しようとする心を忘れない。
・読者や受講者が理解しているかどうかというフィードバックを怠らない。
 (相手がある話、全員が理解できることが最終目標であるべき)
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2011年06月23日

学校教育の最大の目的

学校教育(小学〜大学)の最大の目的は何かと考えると、私は以下のようなことだと思います。

学生・生徒に対して

1. 学習することに興味を持たせる。
2. 学習の目的を理解させる。

これらにより
3. 学習意欲を向上させる。

また、成長の大切な時期なので、カリキュラムになくても当然教える側に求められることとして
4. 人間形成を助ける(人はどう生きるべきか考えさせる)。

逆に避けなければならないのは、

1. なぜ覚えなければならないかも教えずに、枝葉末節のみを闇雲に詰め込もうとする。
2. 基本を重視しない。本質を徹底的に教えない。(応用はその後にあるべき)
3. 復習ではなく、予習させることを重視する。
4. 宿題・課題としてやらせてそのフォローをしない。
5. テストばかりし、結果のフォローをしない。
6. 落ちこぼれた学生・生徒がいる場合、教える側のやり方に問題があるとは考えない。学生・生徒自身のみに責任を負わせる。

これらは、学生・生徒のやる気をそぎ、学習はわけがわからずただ嫌なものということを教え込もうとする行為だろうと思います。
以上は、自分自身の経験、親としての疑問から持つようになった意見です。

最後に一言だけ付け加えたくなりました。
福島県の先生方、文科省や教育委員会の目を盗んででも、せめて子供たちを少しでも被曝の危険から守ってあげて下さい。県外などに避難していた多くの子供を持つ県民は、福島県教育委員会 鈴木芳喜教育長の例年通りの新学期開始という指示により、被曝の故郷へ帰りました。
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2011年01月10日

「あなたの勉強法はどこがいけないのか?」


 明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願い申し上げます。

正月にたまたま子供二人それぞれから読んでみたらと推薦本を渡されました。
そのうちの1冊である下記新書、共鳴する部分が多かったので備忘録としてまとめました。
この新書本は、認知心理学というものをベースにして、大学教授により若者向けに書かれています。私はいつもの癖で、理想的な教育のあり方のヒントとしても読みました。以下の要約は自分の言葉に直してしまっているので、著者の真意から外れている部分があるかもしれません。脱線もしていますので、その点ご了解ください。

 この本を読んでみて、偶然でしたが、当社で私がやろうとしていることがまるっきり的外れなことではないことが確認でき、よかったと思っています。本当に微力ですが、今年もがんばります。

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あなたの勉強法はどこがいけないのか?  西林克彦 著 (ちくまプリマー新書)

第1章 苦手ということ
・ある人の中に比較的「できる」分野と比較的「できない」分野があるのは、当然であり、自分が「現段階ではできない」ことを認識しておくことは大切だ。
・「できない」理由を自分の一般的な能力が欠如しているからだと勘違いして、苦手なことに対して必要以上に臆病になってはいけない。必要以上に自分に自信を無くしてしまうとどんどん不得意分野が増えていってしまう。
・応用問題を解くには、天賦の「応用力」や「思考力」が必要なのではない。応用問題を解くには、公式という知識+公式以外の(公式を問題に生かすための)補助知識が必要。
・応用力、思考力、忍耐力という言葉が使われていたら、その内容を疑ってみたほうが良い。その力は何からできているとしているのか、何と関係しているのか、中身を具体的に考えてみる。これらの言葉を、生まれつきの能力であるとして使っている場合は、ほとんど参考にならない文章である。

第2章 得意と素質
・素質があることと得意であることは、簡単に直結はしない。(英語の学力データ例などで理由は示されている) 子供のころの単純・素朴な得意を維持するには、周囲から刺激や指導を受けながら、本人が自覚的に勉強法や取り組み方を質的に変化させていかなければならない。
→素質がそれほどでなくても、取り組み方次第で得意にすることができる。
・記憶するときに、無味乾燥な機械的暗記よりも覚える量は多いけれども関連する説明があった方が記憶できる。(11の例文により自分で体験できる)これは、無意識のうちに自分の既存知識を対象に対して関連付けているため。
・勉強の対象は、既存知識が使えて手が届く範囲にあるべき。それが楽に学習ができる条件。
→理由の説明のない唐突な新しい概念、定理や公式の提示は、避けるべき。(なぜその科目や単元があるか誰も知らないでやっている場合もあるのでは??)
・勉強法において、量が多いことは問題ではなく、既存知識が使えるような学び方かどうかが大事。既存知識が使えない丸暗記の場合は、記憶することもそれを長く保っておくことも困難である。
・「能力」すなわち「物事をなし得る力」は、生まれながらの「素質」と後天的な「勉強」の二つから成り立っている。
・「能力」=「素質」×「勉強」
いくら素質があっても、勉強しなければ能力は持てない。勉強には時間がかかるので、能力は一朝一夕につくものではない。したがって、自分には隠れた能力があると考え、毎日何もしないでぶらぶら過ごすことは、もったいないこと。
・何かの素質が自分にはあると思い、それを見つけようと躍起になることは、いい方法ではない。生まれながらの素質は直接見ることはできない。見ることができるのは勉強した結果としての能力だけ。
・自分に素質があるかないかは、ある程度その分野のことをやってみないとわからない。素質は、いろいろ試し勉強している中で、発見されていくもの。
・能力と素質をきちんと区別すること。素質にこだわりすぎずに能力の向上を図るべき。自分を以上でも以下でもなく正当に評価できれば、淡々と努力を重ねられる。

第3章 勉強のコツ@
・丸暗記では目の前のテスト対策にしかならない。核があり、その周辺に知識体系が形成される勉強法が有効である。知識や公式は他の知識と関連付けて覚えると、いつまでも忘れず応用も可能となる。これはすべての教科でいえる。
・例:三角形、平行四辺形、台形などの面積の公式はすべて、等しい面積の長方形の面積を求めている。面積が掛け算でできるのは、長方形だけ。長方形の面積の公式だけ覚えればよい。
・例:三角関数の公式群
正接の加法定理←正弦と余弦の加法定理→積の公式→和の公式
         ↓   ↓
        倍角の公式
           ↓
        半角の公式
 正弦と余弦の加法定理から他の公式は導き出せる。基本の加法定理のみ覚えればよい。
・例:割り算は分ける(包含除)だけでなく、1あたりの量を求める(等分除)計算でもある。それがわかっていると、広い範囲に使える。
重さ16kgで長さ0.4mの金属棒の場合、16÷0.4の答えは、金属棒1mあたりの重さを表す。
1万円の利息を利率1%で割ると、1あたりの量つまり利率100%のときの金額である利息100万円が求まる。これは元金のことである。
ヒット数÷打率の答えは、1あたりの量で考えると、打率10割のときのヒット数が求まる。これは打数である。
・例:掛け算の基本形は
(1あたり量)×(いくつ分)=(全体量)
時速40kmで5時間走った距離は、40km/h×5h=200km
3%の食塩水200ccの中に含まれる塩の量は、0.03g/cc×200cc=6g

第4章 勉強のコツA
・個別事例を単独で詳しく知るだけでなく、橋渡しとなる一般論を知ることにより、他の事例まで応用が可能となり知識が広がっていく。逆に言うと、一般論の基盤部分がないままに、個別事例だけをいくら詳しく学んでもそれだけ(だから何?)で終わり。
・現実をとらえるのが知識の役割で、使えない知識は意味がない。知識が現実とうまくつながらなくなったら、知識自体の内容が不十分だからであると認識する必要がある。
・わからないという状態には2種類ある。第1種のわからないは、知らないからわからない、知識がないからわからない。第2種のわからないは、知識があって、それを使うからより高度なレベルでわからない状態。
・科学の進展は、ある知識をベースに第2種のわからないを作り出してきた結果である。以前の法則では合わなくなった現象がきっかけになり、新たな仮説を生み出し、進歩してきた。
・逆に言えば、わからなくならない知識は、狭い範囲内で決まりきった使い方しかされておらず、中核的なものをつかみ損ねている可能性がある。孤立した知識をバラバラに覚えている可能性がある。これは第3章でも述べたように、非常に非効率的だ。

おわりに
・近代国家成立から時間が経つと、国家の諸制度がくたびれてはつらつと機能を果たせなくなる、いわゆる制度疲労に陥る。格差が目立ち、諸制度維持の士気やモラルが落ちてくる。現在の日本の教育・学校制度もその状態にあると自覚しなければならない。
・外の世界を理解、探索、改良するための道具が知識であり、道具獲得のための介添え役が教師。教師は道具の質を上げることに絶えず努力し、学習者は、それが何にどれくらい使える道具か、ということに絶えず注意し、わからなければ教師に素直に聞くこと。
               世 界
                ↑
   教 師−提 案→ 知 識
                ↑
               学習者
・これからを生きていく自分が、生きていくための道具を手に入れているのが教育の場である。勉強の主体性は自分にあることを忘れず、自分の人生に役立つ学力を育てていってほしい。
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2010年11月25日

微分積分がブラジャーとは??

 先日、TVで『たけしの新・教育白書〜「学び」って楽しいぞSP』という番組をやっていました。
内容は、ノーベル化学賞受賞の鈴木章北海道大学名誉教授や人気の池上彰さんなどの対談もあり、興味深いものでした。

その中、おそらく“教えの達人”の特別授業というコーナーだったのだと思いますが、某有名大学の数学の人気教授が出てきて、
 「微分積分はブラジャーでわかる云々・・」
と説明をして大好評のようでした。微分は山の部分の接線であらわされ、積分が形を示しているというような話だったと思います。

 私は、それはそんな有名な先生がやっちゃいけない説明じゃないのと思って見ていました。
微分は、歴史的経緯からも、速度で説明するのが一番いいと個人的には感じています。
品がよくないし、やはり数学だけでは数学の本質や存在価値を説明しきれないのでは?

やっちゃいけないと思った理由は、伊庭幸人(文部省 統計数理研究所 助教授)という方のブログの「院生のための算数入門」という連載を、たまたま見つけて読んだばかりだったからです。参考になるので最後の部分をそっくり以下に転載します。
オリジナル全文は http://d.hatena.ne.jp/ibaibabaibai/ のどこかにあるはずです。

***

それにしても,12年間の教育のプロセスで

・保存則によって統一的にものを考えること
・正比例の考え方と1あたり量による単位の構成
局所的な線形化という考え方

などを習うかわりに

・数十通りの「○○算」にそれぞれの公式をあてはめて解く
・百ます計算
曲線とその接線の間の面積を計算する

などを習ってしまった場合,その後のダメージは計り知れないのではないでしょうか.

もちろん,数学のほかに,国語や音楽や人づきあいや園芸や,世の中には沢山のことがありますから,「ダメージ」は人生のごく一部にすぎないのですが,それでも,ものを考える上で大事な通り道のひとつをふさいでしまうことになるかもしれません.

前にも書いたのですが,英語を12年間ならって喋れないのがおかしいなら,数学を12年間ならって,数学で話せないのもやっぱり問題だと思うのです.

***
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2010年02月11日

中学や高校の部活の意義

 先日、新聞の人生相談に、高校2年生の女子から部活についての相談が載っていました。その回答者が、元マラソン選手で今はスポーツ解説者として活躍している増田明美さんです。回答の中でさらっと部活の意義を述べていました。

−−−−−

2010年2月6日付け 読売新聞 「人生案内」より抜粋

 部活動の意義は勝ち負けだけでなく、一生懸命共に目標に向かう過程の中にあります。悔しさや喜びの共有、感謝の気持ちを育むなど、本当はそんな環境を顧問の先生が作らなければいけないのです。

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 私は、学校でやるのだから、このような意味をもって行われているのだろうと漠然と考えていました。しかし、身の回りで見聞きする学校における主に運動部の活動は、結構その想像からはかけ離れたものもあるようです。顧問の先生が一生懸命にやるあまり、勝つことが最優先で、教育とは真逆のことが大手を振ってまかり通っている場合もあると聞きます。
手段を選ばずただ結果を求めるためだけのものだったり、責任を持って管理監督できないのならば、フィンランドのように学校ではやらない方がいいのかも知れません。

 部活に関することをこのように見聞きするとき、どうしても忘れられないニュースがあります。私が新聞のこの内容に反応した理由の一つかも知れません。
2003年に起きた福島県の須賀川市第一中学柔道部暴行傷害事件です。当時1年生だった被害者の女子中学生は、当時中学2年生の男子部長に制裁を受け、今も意識不明のままです。その後の学校・教育委員会・市の対応が報道の通りとするならば、本当に悲しい事件で、様々な大きな問題を提起しているのではないかと思います。
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2009年11月12日

なぜ人は勉強する必要があるか?

 今までいろいろな文章を読んでみましたが、あまりピンとくるものはありませんでした。
しかし、最近読んだ以下の本に書いてあった内容には、なるほどと大いに共感を覚えました。抜粋して一部自分の言葉を追加して紹介します。
 今学校で教育を受けている学生・生徒で疑問を持っている人や、もうとっくに学校と縁がなくなったすべての人も、考えなければならないことだと私は思います。


参考書籍
「中学生からの勉強法」 小河勝・本多敏幸・橋野篤 共著(文藝春秋)

【】内は原本の見出しです。
−−−−
【なぜ勉強するのだろう?】

○今まで知らないことを知る喜び【わかることの喜び】
 新しい知識を得ることにより、自分が少しでも向上する喜びがある。

○自分が生きる目的、生きがいを見つける手段【勉強することで好きなことが見つかる】
 上の学年・学校に進級進学するにつれ、より専門的で高度な内容を勉強するようになる。それにより、自分が何に興味を覚え、どんなことに向いているかがわかってくる。それが職業へとつながっていく。

○この現代の厳しい格差社会を生き抜くためには、「教育」が必要。【よい高校、よい大学】
 一部の政治家により、自国の良さを捨てアメリカ型格差社会を追いかけた日本社会は(以上は私の創作です)、どんどん貧富の差が大きくなっている。安定した職業に就き、安定した収入を生涯にわたって得られる人は、どんどん少なくなっている。このような時代を生き抜くためには、「教育」が必要。自分で計画を立て、筋道を立てて考えることができ、それを人に伝えることができれば、自然と道は開ける。

○【勉強することで、人間の知の歴史を追体験できる】
 勉強は、多くの先人(天才)たちが苦難と努力と智恵と感動で切り開いてきた発見の歴史を学ぶことである。
したがって、こういうものがあって・・で始まり結局最後までそれが何を意味するか本質を教えないままで終わる教育には大きな欠陥があるのではないか?(この一文も私の創作です。)
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2009年10月12日

今の教育に欠けていること−−ディベート(討論・議論)力の訓練

 大分以前から感じていたことなのですが,先日読んだ本の中で優秀な大学の先生も,国際的な学会の出席などを通して,同じような意見を持っていると知り,大いに自信を得たので書いてみます.

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「高校数学でわかるマクスウェル方程式」(竹内淳 著/講談社ブルーバックス) からの抜粋

 欧米の文化的な起源の多くは,古代ギリシアまでさかのぼることができる.そのギリシアの文化面での大きな特徴の一つが,対話によって真理に到達する方法の存在である.議論による問題解決方法は,哲学者ソクラテスが生み出した.
  (中略)
 この「議論」の重要性は,現在の日本でも十分には理解されていない.「和を以(もっ)て貴(とうと)しと為す」は聖徳太子の有名な言葉だが,議論の軽視が生む弊害も少なくない.
  (中略)
(日本では)「近代科学の輸入」においても,「議論による問題解決法」が現在に至るまで未消化のままである.

 科学の分野での議論の場は,「学会」である.とくに世界中の科学者が集まる国際会議は,その貴重な場である.
  (中略)
「・・・質疑応答の方が発表よりはるかに大事だ」これは,欧米人の会議に対する基本的な考え方を表している.すなわち,会議の目的は質疑応答にあるのであって,発表はその題材にすぎないのである.
  (中略)
 議論の時間の方を重要とするのは,議論によって真理に到達しようとしたソクラテス以来の,ヨーロッパの伝統に由来している.この議論重視の欧米人からみると,日本人の発表は質疑応答の意気込みや英語の能力が不十分なので,多くの場合評価が低くなる.日本人の研究が海外で評価されにくい一つの理由はここにある.
  (中略)
(発表態度も堂々としていなく良くない)これは,学校教育で,自分の意見を聴衆の前で披露するという訓練を受けていないことに大きな原因がある.この種の訓練を経験しているのは,高校や大学で弁論部などのサークルに参加した人だけに限られるだろう.
  (中略)
 古代ギリシアの伝統にしたがうならば,自分の意見を表明し,それをもとに議論をするというのは極めて重要な問題解決のプロセスなので,本来学校教育で学ぶべきもっと重要なポイントである.日本の学校教育でも,もっとこの種の教育や訓練を積極的に取り入れるべきだろう.
−−−−−−−−

 島国でほぼ単一民族のため,何も語らずともあうんの呼吸で物事を解決していくということにおける悪い面だと思います.良い面もあるとは思いますが.
とくに外国を相手にしての政治・経済などにおける交渉事において,日本が軽んじられるのは,しっかりとしたポリシーがないという理由もあるのかも知れませんが,この日本人のディベート力の欠如が原因ではないでしょうか?
 もちろん私は,『持つべきなのは「意見」でなく「考え」』で取り上げたように,とにかくやみくもに自分の意見を主張した方がいいんだとは,思っていません.でも,やはり国際的な場では,お金だけを出すのではなく,大局を見据えてしっかりとした考えを持ち,交渉すべきではないかと考えます.これは日本の戦後処理のまずさの一因になってもいるのではないかと思っているほどです.
 この点において,新しい首相,政府に対しては,今までがあまりにひどかったので,少し期待できそうな気がしますが,どうでしょうか.
 以上余計なことも言いましたが,ディベート力の訓練については,その前段階の考える部分も含めて,これから学校教育でももっと意識してとりいれて行くべきだろうと思います.
ラベル:教育
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2009年02月15日

やる気を出させるコーチング

私は,自分のやる気も危ういのですが・・・
部下やチームメンバー,子供にやる気を出させなければならない場合どうすればよいか,コーチングの本を参考にしてみました.企業だけでなく,家庭,学校などでも活用できます.

・厳しく叱っても萎縮するだけで,長期的な成長にはつながらない.
・オープンクエスチョンとクローズドクエスチョンを組み合わせて質問し,相手が自主的に問題に取り組むように促す.
・クローズドクエスチョンの例
 この作業を○日までに終わらせることができるか?
 今度のプレゼンを成功させる自信はあるか?
 (答えはYESまたはNOで終わる.事実関係をはっきりさせたり答えをすぐに出してもらうときなど,シンプルな返答がほしいときに使う.)
・オープンクエスチョンの例
 この作業を○日までに終わらせるために,どんな方法がある?
 今度のプレゼンを成功させるには,どんな方法が考えられる?
 (相手の自由な発想や意見を聞くのに適した質問形式.相手は自分の言葉で説明しなければならないので,自分の中の新たな可能性に気づいたり,本当にやりたいことは何か認識できたり,自らの力で進むきっかけが作れる.)
・なぜその仕事が必要か,仕事の背景を省略せずに話すことにより,自分の仕事の位置づけに気づき,「何をしたらよいか」認識し,「何をどのようにやればいいか」自分で判断するようになる.「言われたことしかできない」から脱却できる.
・部下の話を積極的に聞き,相手を理解する.
 -----これは「7つの習慣」(スティーブン・R・コヴィー)のうちの第五の習慣に当てはまります.
・コミュニケーションは,質問,要望,提案,情報によって成り立っている.
・この中で一番難しいのは,要望.要望することなく,共同で何かを実現することはない.
・要望は,それが正論だから通るわけではない.セカンド・シグナルが必要.
・セカンドシグナルとは,「君は私にとって大切な人だ」「君にはもっと成長してほしい,その可能性を感じている」などの,ふだんからのプラス評価や,人間らしいかかわり方を示す言葉かけのこと.
・仕事を任せっきりでなく,フォローする.
・アクノレッジメント(認めること,you/I/weの三つの立場がある)
 できたことに対して,誉め言葉は必要はなく,達成した事実を認めるだけでよい.部下自身がこれまでの自分の行為が価値あるものだと気づき,結果だけでなく,仕事のプロセスそのものを大切に思えるようになる.これが本人のやる気に大いに刺激を与える.
・視点の移動を促すディソシエーション
・積極性を促すアソシエーション
・批判や叱責,忠告や命令でないフィードバック
 「相手の今の行動がどのように見えるか」「目標まであとどれくらいか」「どこかで軌道から外れていないか,外れているとしたらどんなところか」を部下に伝える.
・エコロジカルチェックをする.
 コーチングによる部下の変化が進んだ場合,ストレスを伴っていないか,部下のそのときの考え,感情,意図,行動の状態を確認する.

参考 会話から始めるコーチング―最強のチームをつくるコミュニケーション力 伊藤 守 著 (大和書房)
ラベル:教育
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2008年12月16日

俯瞰し本質を考えることの大事さ

中学生向けの哲学(「14歳の君へ」)を読んでいるので,つい「このことの本質は何か」,と考える傾向が強くなったようです.

複素数の問題でもそうですが,こういうものがあってこうするとこうなってああなって,は良いのですが,「いきなり唐突にでてきたけれど,じゃあそれは何なんだ? どこからでてきたの?」「なぜそんなことを覚える必要があるの?」という疑問に学校の勉強は答えてくれない.勿論,枝葉末節で成り立っているのですが,それが必要ない人には,最低限これは何のためにあるのか,ということだけでも教えるべきではないか,と思うのです.それだけでもわかっていれば,その人は必要になったときに,いくらでも自分で勉強できます.

大学の教育に限定していますが,以下のような意見があります.

■かつの部屋 http://www.gem.hi-ho.ne.jp/katsu-san/katsu_home.htm#audio
理工系大学の授業について、もの申す!  より
(直接のリンク:http://www.gem.hi-ho.ne.jp/katsu-san/audio/sci_seminor.html

「特に問題があるのが、私の経験では、数学、物理学、物性関係です。
概ね言えることは、数式の展開や変形ばかりに力を注ぎ、何のために何をしているのか、目的は何なのかを明確にしていない事です。その為に、結局何なのかを理解できる人は極く少数になってしまい、社会に出てもその知識を活用すべき術(すべ)を知らない大学卒のなんと多いことか!」


また,職業能力開発総合大学の見城尚志教授が,電子回路の教育に関して,書籍のはじめがきで書いている中に,以下のような一文があります.これも私は,上記と同じ意味に拡大解釈しています.

■「図解・わかる電子回路」(講談社 ブルーバックス)はじめがきより

「部分よりも全体を見る視点を積極的に育成しようとするところにこそ,教育の任務があると思う.」


よく考えてみたら,半年前同じこと言っていました.(進歩がないのか)

■ある分野を学習・教授する場合の3つの心得
http://simcir.seesaa.net/archives/200806-1.html
ラベル:教育
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2008年09月01日

若者が社会に出るときに必要な能力

新聞の「子ども相談室」という欄に、次のような相談と回答がありました。勉強とは別の次元で、これらもものすごく大事なことだと私も考えます。この回答者の方には、今までは何となくあまり賛同していなかったのですが、この回答はベストです。我が家の子供達が行っている学校では、残念ですが、絶対このようなことは教えないでしょう。回答は抜粋し、一部編集して紹介します。

(2008年8月10日付 毎日新聞 子ども相談室 より)

 おとなしかった高3の息子。急に、家を出たいと言い出しました。一度、苦労を経験すればいいと思いますが、周囲に迷惑をかけないかと悩みます。このまま放り出してよいものでしょうか。親子関係は今でも良好です。(東京都 母親)

 おめでとうございます。息子さんがやっと一人前になりたいと言い出した。良かったですね。
  ・・・・
 高校生で頼りないのは当たり前でしょう。自立して外の世界に出た時、社会のなかで学びながら大人になるために必要な能力は、

仕事場できちんと挨拶をして人間関係がつくれるか。
失敗を叱られた時に、素直に受け入れて自分の技術を上げるためにフィードバックができるか。
先輩がアドバイスしたくなるような、愛嬌があるか。
紆余曲折を経ながらも自分を信じて生きていけるか。

  ・・・・
 息子さんが社会で嬉々として働き、とぼとぼ家に帰ってこないとしたら、あなたの子育ては大正解だったということではないでしょうか。 (ルポライター 毛利甚八)
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2008年06月18日

ある分野を学習・教授する場合の3つの心得

考えがまとまってきましたので、唐突ですがここで述べたいと思います。

ある学問分野(といっても算数でも国語でもあてはまるのですが)を、学んだり、また教えたりする場合に、その具体的内容と同時に次の3点も、どちらの立場であっても心に留めておくべきではないでしょうか。

1.その学問分野の意義・目的
 また、それがどのように利用されているか。役に立っているか。
2.その学問分野の発達の歴史
 どのように発達してきて、現在の形になっているか。 
3.その学問分野の全体における位置づけ

例えば、以下のようなことです。(参考:「忘れてしまった高校の数学を復習する本」柳谷晃著(中経出版))
数学で、「方程式を解きなさい。」という問題がありますが、別にそんなの解きたくないんだけど、それがどうしたの、と私は思っていたわけです。
方程式を解くということの本来の目的は、何か解析したい現象があって、それを未知数xを使って方程式であらわすと、その式を解くことで現象が把握できるということです。因数分解したり、展開したりするテクニックを覚える必要性、本来の目的は、ここにあります。

私が学生の頃は、何が何だかわからないままでしたが、今はこんなことも教えられているのでしょうか?
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2008年05月03日

ほめて伸ばす

〜茂木健一郎の「脳を活かす勉強法」より(2)〜   (内容は抜粋、表現も一部変更)


・もともと人間のモチベーション(やる気)というのは、その人の好きなことや、人からほめられた経験、人から認められるといったポジティブなものからしか絶対に生まれない。いわゆる「ほめて伸ばす」という教育法は、強化学習の観点から正しいやり方。

・もし、叱るなら、そのやる気を軌道修正する時だけにする。行動自体を否定する叱り方は、やる気を削いでしまうから。脳が喜びを感じるためには「強制されたものではない」ことが大事。部下や子供の主体性を引き出すためには、どんな小さなことでもいいから自発的にやったことで「成功体験」を持たせることが大切。成功体験なしには、脳は変わってくれない。

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小さな成功体験をするためには、まず本人がやる気を出さなければ始まりません。
教育や指導の本質は、やる気を出させることに尽きると思います。
私は、学校教育では、学習や学問の面白さをもっと伝える必要があると感じています。
なぜ、こんなことを覚えなければならないのか。これは何の役に立つのか。その部分の説明が、大きく欠落しているような気がしてなりません。例えば、数学と科学との密接な関係など。
自分自身は、今になって少しだけわかりつつあるのですが・・。

またこのことは、他者に対してだけでなく、自分のモチベーションをどう保ち続けるかということにも通じています。私のような凡人には、永遠のテーマでしょうか。
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2007年03月08日

大学に入る目的

AO入試だけで高校,大学,大学院と進んで研究をしている方をゲストに迎えたトークを聞きながらメモした部分です.

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

PodCast 『山田ズーニーの「大人の進路教室。」』より

大学に入ることが目的ではない.通過点,手段の筈.

AO入試は,本当にやりたいことを持った,あるテーマを持ったオリジナリティのある学生を発掘するためのものであった.
それが,テーマを持っていないテーマ後付けの人間が,予備校でAO入試の訓練を受けて試験をパスするような,歪んだ現象が起きてしまった.
ラベル:教育
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2006年11月26日

人は一生学び続けなければならない。

昨日より今日もっと成長するために。
その学んだことを、他の人にうまく伝えられたら、それはまた素晴らしいことだと思います。
教育の原点はこの辺にあるのかなとも、思います。

日本の教育に問題を感じてはいましたが、ここに来て、だましだましやってきた傷口が開いて血が噴き出してきたようです。教育に携わる人だけの問題ではないような気がします。この問題に対して日本の社会がどのように対処していくのか、今はしっかりと見守りたい。自分に何ができるかも考えたい。
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2006年01月17日

今の教育に欠けている事(3)

新聞の書籍の広告欄で、以下のようなコピーを見てどきっとしました。

誰もが気づきはじめていること、それは、現代の家庭・学校・社会における道徳的衰退。これに対応するには「人格教育」を実践するしかないのです。本書は、・・・

「人格教育」のすすめ トニー・ディヴァイン編著 コスモトゥーワン 2003年初版
日本図書館協会選定図書

読んでいないので、内容についてはコメントできませんが、私も初等教育の場でしっかりと教え込むべき事が欠けているような気がしています。知識だけの詰め込みでよいのか。もっとも知識も塾に依存するという現象が起こっていますが。
このままではますます日本の社会が荒廃していくような気がしてなりません。
ラベル:教育
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2005年10月24日

今の教育に欠けている事(2)


2005年10月10日毎日新聞 「新教育の森」より

民間が公教育に挑戦
「生きる・考える力」も売ります!?

有名私立中学への合格者数を競い合う学習塾が、学力低下批判にさらされ迷走する文部科学省のゆとり教育を尻目に、体験学習や、教科の枠を超えた総合学習に相次ぎ力を入れ始めた。                −−−−記事編集者

迷走する文科省に「本当の考える力とは何か」を教えるために「学力・新発見テスト」を実施。                                  −−−−日能研社長

「民間がここまでやるのかと」驚いている。サピックスの環境問題の「教科書」は面白く、知的好奇心をとても刺激する。

日本の公教育は長年の知識偏重を脱却できていない。そんな公教育に代わって教育産業の方が新しい学力観にチャレンジしている。

90年代以降「教え」から「学び」への転換を目指す新学力観と、従来の詰め込み式の旧学力観がせめぎ合っている。

新学力観への引き金を引いた肝心の文部科学省が、旧学力観へ大きく揺り戻されている。民間の後じんを拝する文科省も私たち公立学校の教員も猛省が必要だ。
  −−−−−優れた総合学習の授業で全国に知られる公立小学校教諭



新学力観などというかっこいいものだろうか。私には、教師にゆとりを与えるためのゆとり教育のようにしか思えてなりません。本当に子供のためを考えて指導してくれる立派な教師も、多くはありませんがいます。でも今の体制の元では、学年主任や校長といった現場のリーダーが、しっかりしたポリシーを持っていないと、民間との格差は開いていくばかりです。力のないリーダーのもとではとても「生きる力」も「考える力」も教えられないでしょう。学問の他に何を学校では教えなければならないか? それを真剣に考えていないリーダーが多すぎると感じているのは、私だけでしょうか。           
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2005年09月01日

今の教育に欠けている事(1)

先日、三角関数についてインターネットで調べていたら、面白いページを見つけました。


この分野は、「最後まで意味不明」なんです。というのも、「三角関数」は「道具」なんです。「これ自身は目的ではない」から、「意味が分かるはずが無い」んです。 (中略)三角関数は、あくまで数学の他の分野で利用したり、理科に利用したりするための道具です。ですから、この分野をいくら勉強しても、三角関数を理解することはできません。(中略)つまり、この分野はまず、根本的な意味は置いておいて、使えることをマスターする事だけに集中する必要があるんです。
       そらがとっても青いから 高校で学べない人のための数学B より

こういうことを、学校で教える必要があるんじゃないかなと、私は高校生のころから考えていました。こんな勉強にどんな意味があるのかと、担任の先生に尋ねましたが、当時の私の心に響くような言葉は返ってきませんでした。あの時、上記のようなヒントをもらっていたら、私の人生も変わっていた・・・かどうかは、分かりませんが。(^_^;)

でも、誰でもいきなり訳も分からず枝葉末節の話をされても、よほど向学心に燃えていなければ、興味が持てないと思うんですが・・・。「この学問は、こんなことから発達してきて(歴史)、こんな分野で使われています(目的)。」という説明をし、まず、全体の中での位置づけを生徒に分かってもらってから、枝葉末節の内容に入っていったほうが、聴いているほうは興味を持つような気がします。

私が、今の教育に欠けていると思う1点目は、その学問または分野が、概略どんなもので、なぜ勉強しなければならないかという説明が足りないのではないか、ということです。
ラベル:教育
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