2015年02月28日

なんでこんなことに・・・「反戦な家づくり」記事に共感します

残念ながら、何も考えないか、分かっていない人がほとんどのように思えてしまうのですが、分かっている人も極々僅かだけれども明らかに存在します。

ブログ:「反戦な家づくり」 2月19日記事 なんでこんなことに・・・


NYTの風刺画
ニューヨークタイムズ(FEB. 8, 2015)より 


まず総理から前線へ
写真はブログ「晴天とら日和」より転載



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2015年02月04日

I AM NOT ABE!!

彼は日本国憲法を踏みにじるおかしな人だ、普通の日本人じゃない。

日刊ゲンダイ 2015年2月2日

古賀茂明氏が語る「I am not Abe」発言の真意


抜粋(全文は上記リンクより)

でも、誰かが声を上げて、「これはおかしい」と言わなければ、太平洋戦争と同じ状況になってしまう。だから、注目度が高い番組に出た際、考え抜いて発言したわけで、反論は予想通りですし、むしろ反響の大きさに驚いているくらいです。

今は戦前のように治安維持法もないし、特高警察もいませんが、安倍政権のテロとの戦いに異論を挟むのは非国民だ、みたいな雰囲気が醸成されつつある。テロリストを擁護する気は毛頭ありませんが、日本が米国と一緒になって世界中で戦争に参加する国だというイメージをつくっていいのか。多くの人が違うと思っているのに、誰も声を出せない。それってやっぱり、おかしいでしょう。

10、20億円程度であれば、官房機密費で払えます。まして、1月には安倍首相の中東歴訪が控えている。身代金を払って解決させる選択肢もあったはずですが、官邸にそういう提案をして却下されたのか、それさえできない雰囲気だったのか。いずれにしても、人命よりも優先させたい事情があったとみるべきです。

安倍首相は対イスラム国の有志国連合の有力なメンバーになりたかったのだと思います。世界の列強と肩を並べて、認められたい。それが安倍首相の願望であるのは間違いないと思います。そんなときにイスラム国に身代金を払ったことがバレたら、米英に顔向けできなくなる。そんなリスクは背負いたくない。後藤さんの命よりそちらを優先したのです。

本来、人道支援というのは武力紛争にはかかわらず、どちらにも加担せずに、政治的意図を排除して、人道主義の立場から行うもので、日本はいつもそれを強調していた。ところが、あの演説は人道支援というトーンを弱めて、軍事的政治的意図を込めた支援であるような言い方をした。この発言を米英は歓迎したようですが、身代金を取れずに焦れていたイスラム国にしてみれば、これで交渉の余地なしとなった。「宣戦布告された」となったのだと思います。

25日、NHKの日曜討論で安倍首相は「この(テロ殺害事件)ように海外で邦人が危害に遭った時、自衛隊が救出できるための法整備をしっかりする」と言いました。これは驚くべき発言で、イスラム国が聞いたらどう思うのか。人命第一と言いながら、その交渉の最中に「いまは戦争できないけど、法律を改正したら、おまえたちを叩くために自衛隊を出すぞ」と言ったわけです。普通の感覚であれば出てこない発言で、安倍首相は中東で米国と人質奪還の共同作戦をやりたいのでしょう。人命のかかった危機を「政治利用」しようとするとんでもない発言です。

私たちは安倍さんとは違う、安倍さんは変なメッセージを送ったが、彼は日本国憲法を踏みにじるおかしな人だ、普通の日本人じゃない。我々は違うということを、世界に訴える必要がある。安倍さんのもとに結束しろという意見があるが、それは危険です。「I am not Abe」ということで、日本人の命を守るには、安倍さんの考え方を否定すべきだということを言いたかったのです。
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2015年02月02日

日本国民は、安倍総理に付き従いテロとの戦争に参戦すべきか?

ツイッター: m TAKANO @mt3678mt 1月29日

テロとは、それを相手に戦うものではなく、なくすように努めるものだ。「テロに屈しない」と息巻いてもテロは無くならない。まして武力で根絶できるものでもない。テロが起きる原因、背景を冷静に分析し、テロが発生しないような環境を整えることこそが本来のテロ対策である。空疎な言葉は無意味だ。



ツイッター: おくあき まさお @tuigeki

イスラム国に日本人2人の殺害の口実を与えたのは間違いない。安倍首相の責任は日本政治史上、重大だ。安倍首相を辞職させることが、後藤、湯川両氏への日本国民の贖罪ともなり、これからの日本国民の安全を担保することにもなる。安倍首相を辞職させることが、我々日本国民のテロとの戦いでもある。



ブログ: 「田中龍作ジャーナル」

2015年2月1日
【イスラム国人質事件】 安倍さん、「憎悪の連鎖にしてはいけない」



ブログ: 「生き生き箕面通信」

2015-02-01
安倍首相の挑発外交と日本国民の「羊主義」が、後藤さんを殺した!



ブログ: 「八木啓代のひとりごと」

2015-02-01
いつかこの日を振り返ったときに




ブログ: 「植草一秀の『知られざる真実』」

2015年2月 1日 (日) 
邦人人質事件:冷静・緻密な分析と考察不可欠



ブログ: 「岩下俊三のブログ」

そのうち消されるだろう記事 2015年01月31日 他の記事---写真閲覧注意下さい。



ブログ: 「カレイドスコープ」

Sun.2015.02.01
後藤健二氏は、安倍内閣に殺害されたも同然



私の意見
・安倍総理は、不用意な言動で尊い2つの人命を落とさせた責任を国のトップとして取るという意味と、日本人すべての危険を最小にするという意味で、国民に謝罪したのち辞任してほしい。二人と国民への謝罪の言葉は発していないと思います。辞任は前にも一度経験しているのだから慣れているでしょう。ここは、器の大きいところを見せて、邦人の安全確保のため一旦身を引き、人道支援のことだったんだと、イスラム国(IS)の誤解を解いたあとにでも再登場すればよいでしょう。

・それと、斉木外務事務次官は、昨年8月に湯川氏が拘束された以降の事件の経緯と外務省としてどのような対応をしたか、政府への対応を含めて、国民に対して説明してほしい。

 外務省設置法【外務省の職務として第4条の9項】  
  第二節 外務省の任務及び所掌事務
  (任務)
  第三条  外務省は、平和で安全な国際社会の維持に寄与するとともに主体的
      かつ積極的な取組を通じて良好な国際環境の整備を図ること並びに
      調和ある対外関係を維持し発展させつつ、国際社会における日本国
      及び日本国民の利益の増進を図ることを任務とする。
  (所掌事務)
  第四条  外務省は、前条の任務を達成するため、次に掲げる事務をつかさどる。
   九項  海外における邦人の生命及び身体の保護その他の安全に関すること。
                      
・政府批判を自粛していた共産党をはじめとした野党は、しっかりと政府与党と議論してください。私は、共産党は、反対するという立場を取っているように見えながら実際は何もせず自民党の補完勢力ではないか、という意見を信じつつあります。

・マスコミ(マスゴミ、先ずゴミ、騙すゴミ?)は、政権に不都合な事実を歪めて報道することをしないでほしい。後藤氏に加えて湯川氏についても、どんな活動をしに行ったのかなど、詳しく新たに標的となった我々国民にも知らせる義務があると思います。

 12月16日夜 
 東京・西新橋のすし店「しまだ鮨」にて、

 時事通信の田崎史郎解説委員、
 朝日新聞の曽我豪編集委員、
 毎日新聞の山田孝男特別編集委員、
 読売新聞の小田尚論説主幹、
 日本経済新聞の石川一郎常務、
 NHKの島田敏男解説委員、
 日本テレビの粕谷賢之解説委員長

 と食事。

 マスゴミたち
 図はブログ「カレイドスコープ」より転載
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2015年01月25日

いまだ人間を幸福にしない日本というシステム(1)


著者:カレル・ヴァン・ウォルフレン 訳:井上実
角川文庫(角川学芸出版) 2012年12月初版

著者カレル・ヴァン・ウォルフレン(Karel van Wolferen、1941年4月 - )は、オランダ・ロッテルダム出身のジャーナリスト、政治学者。現在はアムステルダム大学比較政治・比較経済担当の名誉教授。(Wikipediaより)

1994年に毎日新聞社より刊行された『人間を幸福にしない日本というシステム』を、大幅に改定、第三部を書下ろしのうえ改題・新訳した文庫オリジナル版。

[目次]

第一部 よき人生をはばむもの

 第一章 偽りの現実と社会の檻
 第二章 巨大な生産機構
 第三章 停滞する社会の犠牲者たち
 第四章 民主主義にひそむ官僚独裁主義

第二部 日本に運命づけられた使命

 第一章 日本の奇妙な現状
 第二章 説明責任を果たそうとしないバブルの張本人

第三部 日本人はみずからを救えるのか?

 第一章 さらなる変化に見舞われた世界
 第二章 不確かな日本の新時代
 第三章 日本民主主義の可能性


[抜粋または要約]: 第一部 第一章 偽りの現実と社会の檻

・本書の一番重要な目的
日本での人生をよりよくするために、この国の変化をうながすよう、読者であるあなたも手を貸すべきだ。

・日本を変えるための基本概念
「市民」という概念
市民はつねに自分たちが置かれた現実を知り、社会がどうなるかをもっと理解したいと考える。周囲の状況について、間違っていると感じることがあればいきどおり、積極的に働きかけようとする。
「偽りの現実」という概念
日本は専制国家でもなければ、政治的に見ても全体主義体制ではない。それでも政治や社会の真実から離れた偽りの現実が、日本のいたるところに深く刻みつけられている。
「日本では民主主義は実現するにいたらず、いまだ可能性のレベルにとどまっている。」
日本での民主主義の誕生をさまたげる最大の障害こそが、日本の人々の心を占めるこの偽りの現実である。

・無知をうながす伝統
 知識の乏しい人間は、必然的に、社会的に優位な立場にある者に支配されやすくなる。政府にとっては支配者の意図や手口についてなにも知らない無知な国民ほど、操り欺きやすい。日本では、この手法が徳川独裁政権の持続に使われ、今もなお支配者がひそかに権力を行使する一方で、一般の人々は、事実を知らされないまま、架空の現実を受け入れ続けている。一方に、官僚、インテリや編集者、官僚にくみする一群の人々や、そのほかの役人のような「知る者」がいて、他方に政治的に無知な人々がいるという構図は、今日にいたるまで何世紀にもわたって続いている。日本で官僚による権威主義が成功したのは、重要な知識を一般大衆に与えようとしなかったからだ。

・「しかたがない」の政治学
 官僚や経済機構の役人たちが日本をどのように管理しているかは、たてまえの陰に隠されているのでわからない。日本の市民たちの明日、そして遠い将来に影響をおよぼすようなきわめて重要な事柄が、おおやけに議論されることはない。それを物語る事例は大蔵省(当時)の関与で発生し、終息した「バブル経済」である。最近の例では福島原発事故で役人たちは、日本の市民たちに事実の一部のみ、あるいは完全に間違った事実しか伝えていない。官僚たちは面子を保つため、あるいは正確な内容が明らかになれば決して国民に支持されないような計画を押し通そうとして、人々に無意味な説明をする。しかも日本の新聞の大半は、市民に政治の、そして究極の現実を伝えることがみずからの使命だとは考えていない。彼らは市民たちを「純粋」かつ政治的に無知な状態にとどめておくのに協力する。メディアは日本の生活や経済、政治について、実態とは異なる、あくまでたてまえの現実「管理」に協力している。
その結果、本当の現実を探り出せたとしても、日本の市民たちは、この現実からどうにも逃れられないと感じ、「しかたがない」という政治的な無力感に従って、明らかに間違った規則をやむなく受け入れている。

・問題は「腐敗した政治家」ではない
 おもて向きは民主主義国である日本が、なぜいまだに官僚たちにがっちりと牛耳られているのかは、日本の市民がつねにみずからに問いかけるべき一番重要な問題のひとつである。なぜなら官僚は市民によって選挙されたのではないからだ。国民に選ばれた代表者が彼らを任命したわけでもない。彼らが権力を握っているのは省庁で働いているからにすぎない。
日本にとって一番害が大きいのは、「政治家の腐敗」こそがこの国でもっとも重要な政治問題とされていることだ。これは事実ではない。しかし、この幻想こそ、戦後日本の政治システムを維持するうえで、もっとも重要な意味を持っている。
多くの人々は心のなかで、政治家には国を統治する資格がないと考えている。結局国の運営は官僚にまかせておいた方がいい、ということになる。官僚は、私利私欲を離れ、日本の国民にとってなにがベストであるかをつねに考えて努力している、と見なされている。もちろん現実にそんなことはあり得ない。しかも新聞各紙は、政治家に対する人々のいきどおりが衰えぬよう、大変な努力をしている。残念ながら、現実には日本の政治家を攻撃すれば、現体制を維持しようとするあらゆる(政治家以外の)政治エリートたちに手を貸すことになるのだが、人権家や政治活動家たちはその事実に気づいていないらしい。
日本の政治家にはモラルが欠けているとして、人々の怒りがそれに集中してきたがために、『権威主義的な日本の官僚システムが民主主義を妨げている』という事実が見えなくなった。
許認可を与えたり、それをとり下げるといった行為、行政指導や通達というのは、官僚の判断にまかされている。ヨーロッパの大半やアメリカなどの民主的社会では、それは制約なく行えず、法律がそれを制限している。日本にも法律はあるのだが、こうした法律を考えた当の官僚がそれを解釈しているため、尊大な役人たちの独断的な判断でそれらの行為が行われている。このことが国民に十分に理解されていない。官僚は、国民にとってなにが最善であるかなど一向に考えようとしないくせに、自分では望ましい日本社会を維持していると思い込んでいるのだ。
政治家は市民にとってなによりも必要な存在なのであって、彼らに不信の目を向けている場合ではない。日本社会という檻のカギを探し出し、それを開けることのできるものは政治家しかいない。
 

[私の感想]
 この第一部第一章は、この本の概要と問題提起をしている章だと考えます。
人が生きていく上では、いろいろな障害も多くありますが、そんな中でも自分なりに精一杯努力したり、我慢しながらやっていくものだとは理解しています。それでも私は(末端に位置しているのですが)、今のこの国の現状をどうしても看過することができません。統治システムが破綻し、危機的状況にあると思います。
それに気付いたのは、これまでの繰り返しですが、3年10ヶ月前に知らされないままに浴びせられた放射能によってです。福島県民だけではなく、食べ物等を介し全国民も被害を受けているはずですが、それは「偽りの現実」に覆い隠されています。国民の健康被害やいまだ危険な状態の事故現場からの地球規模の汚染を心配している人はほんの一握りのようです。
 1994年のオリジナル版から言えば、もう二十年以上も前から、こうして明確な論旨で警告を発している人がいた訳ですが、まったくといっていいほど、この国の統治システムに改善は見られていません。どうすればよいのか? オリジナル版は33万部のベストセラーになったそうなのですが、内容に共感し、その対策を実行にうつす人はいなかったということなのでしょうか。わずかにいても、既得権益者たちに冤罪を仕掛けられ、つぶされてきたということでしょうか。
 もう一点忘れてならないと私が考えるのは、悪の手先となって大本営発表を延々と続けるマスコミの罪は、主犯に比べても勝るとも劣らないほど重いということです。
 市民として、重要視しなければならないのは、政治家は唯一市民の声を政治に反映できうる存在であり、官僚、御用学者等は、市民の味方ではないということ。本来、市民の味方で、管理者の不正を糾弾すべきジャーナリズムが、管理者側に立っていることに十分注意して情報を捉えるべきであることに、多くの国民が気づいていないと私は思います。
「そんなことはない。世の中をそんなに悪く考えてはだめだ。」と考えている人がきっとほとんどなのでしょう。そう思いたいというのが本当のところなのかも知れませんが、そうであっても、その考え方からは現状は変わっていきません。非常に残念なことです。

 著者は、政治家を大切に、と訴えていますが、市民の代表であり市民にとって何が最善かを考えるべきなのが政治家なのに、現実として頼りになる人たちは数えるほどしかいない、と私は思います。市民の目と耳であるべき報道機関は、おかしな連中に牛耳られていると感じます。
この国の現状を問題であると認識し、自分も行動しようとする市民が一人でも増えることを望むばかりです。


[参考]
注目の人 直撃インタビュー
カレル・ヴァン・ウォルフレン氏「安倍首相は絵空事だらけ」
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2015年01月03日

偏屈オジサン、この国の統治システムに危機感を抱くの巻

 私は、3年9ヶ月前までは全くのノンポリ(Non-politics)で、何か変だとは思いながらも、どうせ自分ひとりでは何も変わらないと諦めていました。多分多くの国民もそうは思っているのかも知れません。ノンポリの証拠に、私なんか、2009年の民主党の政権交代劇でも、誰に投票したかも覚えていませんし(ただの老化?)。

 それでも、前々福島県知事の佐藤栄佐久氏が収賄に問われ失脚したときは、国に逆らって、後に爆発することになった原発を停止させていたために、ハメられたとは気づいていました。それでもまだ他人事としか捉えていなかったのか、今ほどの危機感は覚えませんでした。
そのあと、佐藤雄平という愚かな人間が知事になり、国の指令と立地町長らの要望を受け、せっかく停止していた福一原発を再稼働させ、地球規模の汚染という惨劇のお膳立てをしたことは、絶対忘れてはなりませんが。
更に付け加えれば、国の指令どおりに県民健康調査と称した健康被害の隠ぺい工作を主導した責任も彼にあると私は考えています。それは現知事(当時の副知事)にも綿々と受け継がれていますが、破綻しかけていることは気にしている人なら分かると思います。

 その後、3.11の降りかかる放射能の悪魔の火の粉という現実に対し、政府・役人・NHKをはじめとしたマスコミの報道・権威ある学者の話の、あたかもほんの幼子を馬鹿にするような、信じられないような対応を目の当りにして、「何だこの国は!? どうなっているんだ!?」と初めて愕然としました。

 しかし、私の周りを見ても、こんな悲劇を経験し、まだその真っ只中に居ても未だに何も感じない人がいかに多いことか・・・・
まだ、権力者側にいるから、何が起ころうとも責任は取らなくていい、永遠に現状を維持することが善なんだという立場の人は、完璧に間違ってはいるけれども理屈には合っています。でも、明らかに市民側に居て、何も感じないでマスコミの言いなりになっている人は、私には理解できません。

 この国がこんな状態なのは何がそうさせているのか、何故なんだ、とずっと考え、調べ、学んできました。その結果、大体こういう事なんだろうという自分なりの結論に近づくことができました。

その情報源の根本は、インターネットです。これまでの記事でも何度も参照させて頂いています。その中から辿り着いた書籍としては、他にもあるでしょうが、私としての現時点での最大のお勧めは、以下の2冊です。この国がどのような統治システム下にあり、何が問題なのかを知りたい方は、騙されたと思って是非読まれることをお勧めします。

 今後、ご紹介と自分の理解を深める目的を兼ねて、抜粋をまとめていきたいと思っています。とりあえず、書籍名の紹介のみしておきます。

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2015年01月02日

東京オリンピックに違和感を感じている変人の戯言 

 このラジオを聴いたら、年ばかりとっても人間が未熟なので、またまた怒りが抑えきれなくなったので、タメ口をきかせてもらいます。なお、お笑い芸人「おしどり」のお二人やフリージャーナリストの木野龍逸さんの取材活動には、大変感謝しております。本当に頭が下がる思いです。


金・人・物を東京オリンピックに投入しないで、事故収束、健康被害の監視に使うってのは駄目かなー 駄目だよねー

天皇陛下も「放射能汚染」という言葉を使い心配されていたけど、福島県民以外は関係あってもないことにされてるものねー アンダーコントロールだし 本当は益々ダダ漏れみたいだけど

それと、原発の立地市町村は、事故が起きたら周辺市町村にどう責任とるのか考えてから判断したほうがいいよ。再稼動させる立地市町村は、もっと周辺自治体に対しての責任を考えてから判断すべきだと思うよ。自分たちの金目だけじゃ駄目だと思うんだけど、そんなの関係ないってか。


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2014年12月29日

クランベリーズの名曲3つ 〜 アルバム"No Need to Argue"より

 クランベリーズは、前にも紹介していますが、アイルランドの4人組のロックバンドで、結成は1989年。ここで取上げる3曲はすべて、2枚目のアルバム"No Need to Argue"(1994年)に入っている曲です。
これらの曲がなぜか年の瀬にふさわしいような気がして・・・


Ode to My Family
ボーカルのドロレスが、自分の家族への思いを歌っています。
訳:参考 ヤフー知恵袋




Zombie
引用------
歌詞に登場する「ゾンビ」とは,爆弾テロのような残虐行為を耳にしても,被害者が自分や自分の大切な人間ではないので,さして気にも留めない人間を表すメタファーです。
-----引用終わり
訳:参考 およげ!対訳くん
ゾンビの意味とはそういうことだったのですね。今回初めて知りました。そうならば日本人の頭の中にも多く生息? この曲はコンサートでも人気曲だったようです。捨てがたいのでライブも貼り付けました。






No Need to Ague
私がこのアルバム中で最も好きな曲。
恋人は去り、もう二度と争う必要もない。誰とも争う必要はないんだ。
映像と風の音は、この投稿者のオリジナルのようです。

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2014年12月13日

バンドワゴンには乗らないぞ

Wikipediaより
 投票行動におけるバンドワゴン効果とは、事前にマスメディアの選挙予測報道などで優勢とされた候補者に有権者が投票しがちになる現象を指す。投票者が勝ち馬に乗ろうとする傾向は、選挙直後の世論調査において当選候補に投票したと答える人の割合が、実際の当選候補の得票率を有意に上回る例が多いことに示される。この行動の動機は単純な心理的な満足への希求であったり、あるいは実利的な判断であったりする。

「毎日毎日、テレビや新聞で“自民党300議席超え”と報道されているが、どうしてなのだろう?」
と誰かもブログに書いていましたが、本当に不思議です。

植草一秀氏のブログでは、以下のように推測しています。

----------------------------------------------引用開始
日本はこれから、
原発、憲法、消費税、TPP,辺野古基地、格差
の各問題に対して基本方針を定める重大な局面を迎える。
総選挙の争点には、これらの重大テーマがしっかりと据えられなければならないのだが、その争点化を日本の腐敗マスメディアが妨害している。
マスメディアは、「アベノミクス解散」の言葉を躍らせ、安倍政権が経済政策であたかも成功を収めているかのような演出を展開している。
同時に世論調査の名を語った情報操作、情報誘導を大規模に展開しており、その影響が広範に広がっていると判断される。
(中略)
この意味で、今回の選挙は日本の主権者の資質、日本の主権者の力が問われる選挙であると言ってよいだろう。
主権者が、メディアが流布する情報のウソを見抜き、本当の争点を的確に掴んで、日本政治の正しい進路を定める。
その力を備えているか。主権者が日本政治の歪みを是正することができるのかどうか。
この点が問われる選挙であると言ってよいだろう。
残念ながら、日本の主権者の多数がまだ眠りから覚めていない。
あるいは邪悪な安倍政権と陰険な腐敗マスメディアの情報操作によって、一種の催眠状態に陥れられてしまっている。
メディアは選挙戦序盤から、
根拠不明の「自公圧勝予想」を流布し続けている。
「勝ち馬に乗る投票行動」

「あきらめて選挙を棄権する行動」
を誘発するためである。
こうした邪悪な謀略工作も一定の効果を発揮していると思われる。
----------------------------------------------引用終わり

 この推測、意見には私も大いに賛同します。
今のこの国が変だと思う気持ちがあり、インターネットが使いこなせる人ならば、真実の近くまで到達できると私は思うのですが・・・

 最近私は、日本国民は、映画「マトリックス」において首の後ろにプラグを付けられイマジネーションの世界で暮らしている未来の人類、のように思えて仕方がありません。しかも、「自分たちの国は、平和で民主的な独立国家である」と信じて疑っていない。

参考
ブログ:植草一秀の『知られざる真実』
2014年12月13日 (土) 日本の主権者の力が問われる大義なき総選挙
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2014年11月05日

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